作品もさることながら、大林監督の笑顔が大好きです。
ダイヤモンドの輝きがあります。
一つ一つ発せられる言葉に非常に重みを感じて涙がでてきます。
ずーっと以前「徹子の部屋」で大林監督の笑顔を見たときに、癒される自分がそこにいたことを覚えています。
そして一言一言が素直に聞いていられるんですよね。
目次
人生に「あいにくの雨」はない!
【PHP5月増刊号より】
私たち人間にとって幸福とは何か。
それは、日々の暮らしの中で気が付かないところにあるのではないか。
と語る大林監督。
監督はこうも言っています。
例えば美味しい水が飲める。
きれいな空気を吸うことができる。
ごく当たり前のことであり、特に意識することもありません。
しかし、この当たり前の幸福は、失ったときにはじめて、その大切さがわかるものです。
昔は川の水を手ですくって飲むことができた。
それが今では、お金を出してペットボトルの水を買わなくてはならない。
都会の空気はどんどん汚れ、思いっきり深呼吸する気にもならない。
なくしてはじめて、私たちは当たり前の幸福に気づかされるのです。
幸福は毎日の生活の中に隠れている
私は、母が40歳の時に生まれました。
母は目が悪く、50歳の時は針の穴から見えるくらいの視野しかありませんでした。
それでも母が大好きで、小さい時はいつも母にくっついて歩いていたものです。
親が生きているときには、親のありがたみなどこれぽっちも考えたことはありません。
だけどなくなった今、両親が生んでくれたから今の自分がいるんだと思ったら、こんなありがたいことはないと思っています。
こうしてコンピュータに向かってブログを書く。
問題が起きたら、冷や冷やしながら頭を抱えてしまう。
アクセス数が激減した時、どうして・・・?、なぜなんだ・・・?、と原因を探っていく。
もしかしたら、こういった何気ない日々を過ごせるのも先祖から受け告げられた、平穏無事なことでありがたいことなんだろうな、と思ってしまいます。
何事も順調にはいかないもの。
目の前のできることからやっていくしかない。
気が付かない幸福とは、目に見えない空気に似ているのかもしれません。
【きっこブログ管理者】
”しわ”にはその人の歴史が刻まれている!
今から二十年前、久しぶりに故郷の尾道に帰ってきました。
バブル経済の足音が聞こえてきた時代。
歳には新しい建築物が立ち並び、人々の心は華やいでいました。
そんな中、ひっそりと時代から取り残されたような故郷。
観光資源もなく、大型バスが乗り入れられるような道もない。
そんな尾道に、私はいつも喉に刺さったような思いを抱いていたのです。
自分はこの故郷に対して何ができるのだろうか、と。
傍らに座る母の顔にふと目をやると、母の顔にはたくさんのしわが深く刻まれていた。
私はそれを見たとき、なんと美しいのだろうと心から思いました。
なぜなら母のしわは、子育て日記そのものだからです。
私の成長を喜んだり、時に厳しく叱ったり、そして心配してくれたり。
そんな母と私の歴史が深く歴史が深く刻まれている。
お年寄りのしわが醜いなどというのはとんでもないこと。
人生の日々の想いが刻まれたしわほど自然で美しいものはありません。
同じように古い街にもしわがあります。
雨風にさらされて崩れかけてる土塀。
雨が降るごとに、表情を変えるでこぼこ道。
道幅でひっそりと生きている雑草。
それらはみんな、街の歴史を刻んだしわなのだと私は思いました。
私は故郷、尾道のしわを守り、残そうと思いました。
それこそが自分にできることだと。
そして尾道を舞台に、十本以上の映画を撮りました。
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それは尾道を有名にしたいためではなく、大勢の観光客を呼び込むためでもなく、故郷のしわを残したかったから。
なくしてはならない大切なものに、私自身が気づいたからなのです。
久しぶりに故郷に帰ると、かっての街並みが変わっていることもある。
幼いころに通った駄菓子屋さんはなくなり、古い銭湯も建て替えられてしまっている。
それでも母のしわだらけの手を握ったとき、ああ故郷に帰ってきたんだ、と実感する。
そのあたたかさに触れたとき、人は本当の幸福感に包まれるのではないでしょうか。
人間は「五風十雨」のなかで生かされている
”五風十雨”という言葉があります。
五日にいっぺん風が吹き、十日にいっぺん雨が降る。
これは農作物が一番健やかに育つ気候の条件だそうです。
ところが文明のなかに生きている我々は、「あいにくの雨」「あいにくの風」などいう言い方をする。
映画の撮影現場でも、ついつい晴れを願ってしまう。
自然界にとって、最も幸福な幸福な状態を否定したり、文明の力で押さえ込もうとする。
人間は、自然の中で生かされていることに気づかなければなりません。
運動会の撮影をするとき、確かに晴れていれば気持ちのいいシーンが撮れるでしょう。
でも、雨だからこそ撮ることのできる素晴らしい物語があります。
ぬかるみに足を取られて子どもが転んでしまう。
その子を友達が抱きかかえて、お母さんのところに連れていく。
泣いている子供の顔を拭きながら、お母さんは「一所懸命よくやりましたね」と笑顔で言う。
そんなドラマは、雨が降ったからこそ生まれるのです。
そんなふうに、私たちは”五風十雨”のなかで自然と共に生かされているのです。
そのことを忘れてしまったら、決して幸福などは見えてきません。
まとめ
私の母は「網膜色素変性症」という視野が徐々に狭くなっていく目の病気を持っていました。
でも私は少しも母の目が見えないという意識がありません。
それだけ母はやさしく私に接してくれていましたので。
晩年は脳血管性の痴ほう症で寝たきりになりましたが、ノートに「ありがとう!ありがとう!」という言葉を、たどたどしい文字で何度も書いてくれたのを、今でも覚えています。
母は「私が出かけると、なぜか雨になると。私は雨女ばい、ごめんよ」とよく言っていましたね。(笑)
私は「そんなことないよ」といって私の腕につかまって一緒に歩きましたね。
大林監督は、こうも言っています。
雨の中の撮影では、スタッフも全身びしょぬれになって、大切なカメラも濡れてしまう。
日頃はカメラのことなど気にしない撮影関係者以外のスタッフが、「大丈夫ですか」と声をかけたりする。
そこから温かな交流が生まれるのです。
そして何より、雨の中で撮った映像は素晴らしく美しい。
「あいにくの雨」ではなく「恵みの雨」なのです。